2006/11/08

接着剤

□ 出典

『ちぐはぐな部品』角川文庫、2006年


□ あらすじ

接着剤の研究をしているエヌ氏が開発したのは、
時限接着剤とでも呼ぶべき優れもの。接着剤の
種類によって、接着時間を自由に決められるのだ。
効果を目の当たりにして感心する友人。と、そこ
へ強盗がやって来た。なんと、この接着剤を犯罪
に利用しようというのだ。そのときエヌ氏がとった
行動とは・・・。


□ 感想(未読の方はご注意!)

星新一さんの代名詞といえるエヌ氏が、今回は
接着剤の研究をしている博士として登場していま
す。数年後、全作品の感想を書き終えましたら、
登場人物のデータベースを作ろうと考えているの
で、みなさんも良かったら、エヌ氏の登場回数を
数えてみてください。ちなみに、今回で2回目です。
さて、私は今ブログに「接着剤」の感想を綴って
います。30分後にはアップロードされ、インター
ネット上で公開されます。こんな光景は、今では
世界中どこでも当たり前のものになっていますが、
インターネットが有志によって運営され、無償で
提供されているサービスであることをふと思い出
すと、やはり色々考えてしまいます。
詳しい経緯は省略しまして、インターネットはそも
そも研究者同士で利用するために設置されたそ
うです。それがあまりにも便利なので、徐々に接
続できるエリアが拡大し、現在では世界中からア
クセスできるようになりました。
その一方で、インターネットが様々な犯罪に利用
されるようにもなってしまいました。そもそも悪意
を持った人間が利用することを前提に作られたも
のではなかったので、急速な普及に対し、対応が
遅れたのです。しかし、犯罪の多様化に伴い情
報技術が進歩し、それが新たなサービスとして
私たちの生活を便利なものにしてくれているのも
事実です。犯罪がなくなるに越したことはありませ
んが、悪意と技術の進歩が隣り合わせになって
いる現実を考えると、複雑な心境です。
エヌ氏は、流動的な未来社会のために、時限接
着剤を開発しました。まさか、犯罪に利用しようと
考える者が現れるとは、考えていなかったのです。
けれども、そのような者が現れたため、図らずも、
エヌ氏はこの接着剤が犯人逮捕に使えることを
発見しました。エヌ氏が暮らす世界では、今後
この接着剤が警察に採用されるのでしょうか。
しかし、市販されれば、犯罪者も利用できるので
すから・・・。犯罪と技術革新のイタチゴッコはどう
しても終わらないようです。
技術に携わる者は、常に人々の幸福を願って製
品開発を行っています。よもや、犯罪に使われる
とは考えないわけです。したがって、利用者のモ
ラルが問われるわけです。技術が進歩しても一
向に変わることのない人間の欲望が、人々の幸
福を妨げています。本当に革新しなければならな
いのは、私たちの意識なのかもしれません。

2006/10/26

歓迎ぜめ

□ 出典

『ちぐはぐな部品』星新一著、角川文庫、2006年


□ あらすじ

宇宙調査船が降り立った星には、人間の半分ほ
どの身長で長い尻尾を持った住民が暮らしてい
た。
調査隊員の持つ熱線銃に怯える住民と、半ば優
越感に浸り、星の調査、そして開発へと思いを
馳せる隊員たち。やがて住民が、食べ物を持っ
てきて後ずさりした。それを優れた文明の持ち
主に対する捧げ物と解釈し、親善を示すために
と隊員たちは口に入れる。すると、またも新た
な食べ物が。
はたして住民の真意はどこにあるのだろうか?


□ 感想(未読の方はご注意!)

絵画の展示即売会に行かれたことがあるでしょ
うか。デパートや繁華街で、スーツを着た若い女
性が絵葉書を配って客引きしているあれです。私
は、商業的な絵画があまり好きではなく、また画
廊は街角にひっそりと佇んでいていてほしいと思
っているので、声を掛けられる度にそう説明し、丁
重にお断りしています。それでも、差し出したもの
を引っ込めてはいけないことになっているのか、絵
葉書は持たされるので、見てみると、案の定有名
画家の極彩色の海中画だったりして、うんざりしま
す。
ただ、世の中には私のように偏屈な人間もいれ
ば、誘われたら断れないという方もいらっしゃる
ようです。たまたまそういう方から、展示即売会
の様子を聞く機会がありました。その方によると、
展示即売会とは絵画展覧会とは違い、絵のアピー
ルをして美術への関心を高めようとする場では
なく、いかに高い絵を買わせるかという、単なるセー
ルスの場だそうです。営業員はまず、お客と世
間話をし、それから徐々にお客の趣味や住環境に
ついて尋ね始めるそうです。そして、そのうちのど
こかに取っ掛かりを見つけると、一気にセールストー
クを開始し、あれよあれよという間に、お金の話
になるのだとか。お客のほうは営業員に上手く乗せ
られて、気持ちよく喋っているので、つい抜け出す
機会を逸してしまうのでしょうか。
今回、宇宙調査船が降り立った星の住民は、調
査隊員たちを捕らえるために、わざと下手に出ま
した。食べ物の質を徐々に高め、量も増やしなが
ら地面に置き、その都度後ずさりして、落とし穴に
誘導していったのです。それに気づかずいい気に
なっていた隊員たちは、あえなく捕らえられてしま
ったのです。
下手に出るというのは、実利を得るための極意
のようです。これはプライドの問題ではなく、単な
る技術だそうです。ぺこぺこ頭を下げてでも、相
手にお金を出させれば自分の勝ちというわけで
す。たしかに、資本主義経済では、有形・無形を
問わず何かを売らねば全く評価されないので、
頭を下げる技術を身につける必要があるのかも
知れません。
ちなみに私は、人に頭を下げるのが苦手です。
もちろん、私に非があって謝らなくてはならない
ときは別ですが。自分の利益のために、頭を下
げて譲歩を引き出すということができません。
しかも偏屈なので、下手に出られると警戒心が
募ります。全く損な性格だと思いますが、なかな
か直せないものですね。

2006/10/23

陰謀

□ 出典

『ちぐはぐな部品』角川文庫、2006年


□ あらすじ

ある動物園で、1頭のゾウ象が飼われていた。
そこにいつの頃からか、ハトの群れが住み始
めた。見物人がゾウに投げ与えるエサのおこ
ぼれにありつけるからだ。
けれども、ハトにはこの境遇がだんだん面白く
なくなってきた。群れの中から、ゾウに一泡拭
かせて惨めな立場に追い落としてやろうという
声が上がり始めた。そしてついに、ある陰謀を
練り上げ、成功させるのだが・・・。


□ 感想(未読の方はご注意!)

中学・高校時代の私は、自分のことを棚に上げ
て、やたらと学校に不満を持っていました。私
の通っていた学校は、敏腕な校長が1代で築い
た進学校で、あまりに個性的なところも不満の
種でした。友人とは事あるごとに、学校への不
満を打ち明けあっていました。
卒業後10年近くを経て、改めて振り返ると苦笑
するばかりです。今では、私が極めて優れた方
針に基づく恵まれた教育環境の下で6年間を過
ごせたことに感謝しています。各メディアでも取
り上げられる機会の多くなってきた学校ですが、
なるほどなぁと思います。
見物人がゾウに投げ与えるエサのおこぼれに
預かってのんきに暮らしていたハトも、やがて
自らの惨めな立場に気が付き、その不満の矛
先をゾウに向けます。ゾウをけしかけて暴れさ
せ、人間にやられる様を見て、笑ってやろうと
いう陰謀を企みます。ひとのよいゾウはまんま
とこの罠にはまってしまい、命を落とします。け
れども、激しい生存競争に晒されることとなっ
たハトたちもまた、死んでしまいました。
中学や高校に上がると、自分の性格や適正が
だんだんと固定化されてきて、理想とのギャッ
プという残酷な現実に直面します。その理想と
現実の溝を埋めるべく努力を重ねたり、または
うまく気持ちに折り合いを付けていくというのが
発達課題というものなのかも知れませんが、
現実に打ちのめされると、なかなか直視する
のは難しいと思います。したがって、気持ちが
落ち着くまで不満をどこかへぶつけるというの
はある意味、健全なことなのではないでしょう
か。
しかし、いい歳の大人が同じことを考えていた
ら、ちょっと問題ですね。酔って会社や政治へ
の不満をぶちまけ、翌日はけろっとしているの
ならかわいいもんですが。ハトのように陰謀を
練り始めたら、危ない危ない。

2006/10/22

万能スパイ用品

□ 出典

『ちぐはぐな部品』角川文庫、2006年


□ あらすじ

秘密情報部員のエヌ氏に、対立国の軍事機密を
盗んでくるという任務が与えられた。相棒は、秘密
研究所で開発された万能カメラただひとつ。それ
で機密書類を残さず撮影してくるのが、エヌ氏の
任務だ。
しかもこのカメラがただものではない。通信機器や
万能合鍵としての機能を備えている他、脱出用の
ロープや買収用の宝石まで出てくる優れもの。は
ては武器にもなるという。
すっかり感心し、任務達成への自信を深めるエヌ氏。
しかし、この道具にはたったひとつ欠点があった。


□ 感想(未読の方はご注意!)

私の友人の実家が、デザイナーズマンションを購入
しました。モデルルームの見学会で一目惚れし、ほ
とんど即決だったそうです。
しかし、いざ入居してみると、あまりの使い勝手の悪
さにすぐ嫌になってしまったとか。
有名デザイナーがデザインした家具を、よく雑誌など
で見かけます。私は簡素で機能的な家具が好きなせ
いか、あぁいうのはどうなんだろうと、いつも首をひね
っています。椅子など、たしかにおしゃれなのですが、
座り心地が悪そうなのも少なくないような気がします。
あまりにデザインが重視されていて、本来の椅子とし
ての機能が損なわれてしまっているものもあるのでは
ないでしょうか。
エヌ氏に与えられた万能カメラには、撮影機能が付い
ていませんでした。付加価値に凝るあまり、本来の目
的を忘れてしまったのです。
道具には機能美というものがあります。装飾を施され
ていない機能一点張りの無骨な品には、他にはない
気品があると思います。カメラつながりでいえば、例え
ばライカがそうですね。ぶっきらぼうですが、やはり風
格があります。
人も同じですね。社交好きな方の陥りやすい罠として、
優れた友人と交際するうちに、自分も優れた人間にな
ったと勘違いしてしまうということがあります。そういう
人と話をすると、必ず友達自慢が始まるので、すぐわ
かります。そういう人に一度、「お友達のことはわかりま
した。それで、あなたはどんな方なのですか?」と尋ね
てみたい気もしますが、やめておくのがマナーという
ものでしょうか。

2006/10/21

いじわるな星

□ 出典

『ちぐはぐな部品』角川文庫、2006年


□ あらすじ

宇宙パトロール隊員によって発見されたジフ惑星は、
緑豊かなすばらしい惑星だった。
さっそく、地球から基地建設隊が送られた。けれども、
作業はいっこうにはかどらない。なぜなら、作業を進
めようとすると、幻の豪華料理が出現するからだ。
幻とはわかっていてもついつい手を伸ばし、失望する。
遂に隊員がノイローゼになってしまった。
その反省を生かし、第二次基地建設隊は、世界でも
選りすぐりのシェフを同行することになった。しかし、
今度は幻の美女たちが現れた。
どんどんエスカレートする幻と、いたちごっこをする
地球人たち。そして、ついに破局のときが・・・。


□ 感想(まだこの作品を読まれていない方は、あと
でね)

何か真剣にやらなくちゃいけないときに、色々な誘惑に
かられる経験というのは、誰にでも一度はあると思いま
す。私の高校時代には、こんなことがありました。
私が親しくしていたグループは、男女4~5人ぐらいずつ
でしたが、3年生のときにその中からなんと、3組もカップ
ルが誕生したのです。
進学校だったので、受験のプレッシャーもあったので
しょう。特殊な状況下では、恋愛感情が芽生えやすいの
かも知れません。たしか、『スピード』という映画の中で、
サンドラ=ブロックがそんなことを言っていたような記憶が
あります。
私は片思いの子のことで悩む日々を送っていたので、
羨ましいなぁとは思ってましたが、反発はしませんでし
た。でも、今改めて振り返ると、6人は本当に幸せだっ
たのかなぁと思います。
幸福も、慣れてしまえばただの日常です。日常もよく噛
めば味わい深いものですが、高校生にはまだ理解でき
ません。私には、6人がどんどんせわしなく振舞うように
なっていったように思われました。
ジフ惑星は、最後に何もない本来の姿を現します。脇目
もふらず開発を続けていたらどうなったか、それはわか
りません。しかし、目先の誘惑を次々に実現化していった
地球人は、結局何も得ることができませんでした。
ひとつの目標に向かって、一心不乱に突き進むのは、
普通の人間には難しいです。時には誘惑に乗るのもい
いでしょう。しかし、それは所詮幻かもしれない。そん
な冷静な気持ちも忘れないでいたいと、考えています。

2006/10/20

はじめまして!

はじめまして。星新一未来館館長の宇宙塵です。
宇宙塵と聞いてピンと来られた方は、なかなかのSF通です
ね。そう、宇宙塵とは星新一さんが創刊に参画した、日本
発のSF同人誌のタイトルです。初めて知ったときから気に
入っていて、今回ブログを始めるにあたり、PNとして使わ
せていただくことにしました。
私が初めて星新一さんの作品を読んだのは、19歳の時でし
た。
かなり遅い読者デビューですが、もちろんそれには訳があり
ます。小学校時代から何度も繰り返し芥川龍之介を読んで
いたかわいくない子どもだった私には、星新一さんの作品が
なんとも軽薄に感じらたのです。実際、私を短編好きと勘違
いした(大きく間違ってはいませんが)複数の友人から、何
度も勧められましたが、高校を卒業するまで、遂に手に取る
ことはありませんでした。
高校卒業後、読書時間がさらに増えた私は、以前にも増し
て足繁く書店に通いました。そして、夏のある日、遂に出
会ってしまったのです。私が最初に手に取ったのは『ようこ
そ地球さん』。それまでも、SFというジャンルがあることは
知っており、宇宙へ旅立つ主人公の活躍を描いた作品が、
立派な作品群として存在していることは耳にしていました
が、広大な宇宙が地球をその一員として迎えるというニュ
アンスのタイトルが付けられた作品は初めてでした。私は
早速購入し、2時間後には、星作品の魅力にすっかり取り
憑かれていました。
それから毎日のように買い求め、3ヵ月後には文庫として
新刊書店で手に入る本は全て読んでしまいました。実際
には、残念ながら絶版になったまま再刊の予定がない作
品もあり、私も全作品を読んだわけではありません。新潮
社から、『星新一ショートショート1001』という全集が出版さ
れているそうなので、近いうちに購入し、一生の宝物にし
ていきたいと思います。
星新一さんの人間論・作品論については多く存在していま
すが、私はそういったものとは距離をおき、いちファンとし
て無邪気に楽しんでいます。感想も、素朴でありきたりな
ものになると思います。しかし、それぞれの分野の専門家
が読んでも、また素人が読んでも、読み応えがあるという
懐の深さが、星作品の大きな魅力ではないでしょうか。
ですので、ここはあえて恥かしげもなく、感想を公開してい
きます。
このブログを始めたきっかけは、毎日寝る前に1作ずつ読
むという新たな楽しみを知ったことです。当初は手帳に感
想を書いていましたが、ブログが各所で話題になっている
のを目にし、思い切って始めました。
星新一未来館というタイトルは、星新一の煌く名作の数々
が、いつまでも読み継がれていって欲しいという思いを込め
て付けました。
このブログを通じて、星作品の魅力を知ってもらえたら幸い
です。